殆ど、うとうとしていて、なに考えているのか分からないようで、断片的な記憶だけはやたらと鮮明な認知症のお年寄りの方を見ていると、脳死を死と認めるなんてなんて残酷なんだろうって思う反面、無理矢理な延命装置でただ生かされてる状況ってのもどういうもんなんだろうなぁって複雑なものを考えてしまいます(-_-;)

やはり、最期は安らかに眠りたいよなって思ってしまうわけなのですが、周囲のことを考えると、自分一人で片付けられない問題なのかなぁって感じてしまいましたよ(-_-;)……最期の問題と言うものは(-_-;)

もし、仮に難病に冒されたとしても、この装置さえつけていれば、社会参加ができたり、残された機能を生かして生活ができる状態を維持できるのならば、Ayukoだったら装置を付けて、最期まで自分らしい人生を送りたいなって心境かもしれない(^_^;)……装置がなければ生命維持できずそのまま死を待つよりもなぁ(-_-;)

脳死関連のニュース見ていて感じるのですが、科学の力(テクノロジーの力ですね。だからと言って、家畜のように臓器移植用のクローン人間とかを作って。というのはやはり反則と思ってる)を使えば、臓器移植に頼らなくても、生命を維持できる装置の超小型化をして、それまでベッドや車椅子や室内と、行動範囲が限定され、社会生活が限定されていたような状況が、一般人と同様に自由に外出したり社会生活ができるようになればいいなぁって思ってしまうんですよね(^_^;)

薄型TVとか携帯電話や携帯ゲームとか作れるような時代なので、そのような技術を医療にも応用して(もしかしたら、外部の生命維持装置の管理はipod大の装置でOKなんて技術ができればコンパクトに収まるかもね)、将来的には移植に頼らなくても、その装置さえ付ければ生命が維持されて社会生活を営めるのがベストなんじゃないかと感じてしまいました(^_^;)……装置を体の中に埋めたりするわけなので、拒絶反応の対策とかいろんな課題もあると思いますが、成功できたら誰かの臓器を待たなくても、すぐに装置を埋め込む手術をして闘病期間を短縮させるメリットが大きいんじゃないかなって思ったりね(^_^;)

ちなみにAyukoはドナーカードは持っていませんが、いろんなことを考えると複雑な心境なので、もらってきて記入しづらいのが本音なのかもしれない(-_-;) これで誰かを救えるかも知れない。でも、残された家族や友達はどう感じるのか? もしかしたら、回復する見込みもあるかもしれないし、何らかの補助があれば残された昨日を生かして社会生活を営めるのかもしれない。とかいろいろ考えるとねぇ(-_-;)



Posted by Meaiyu*Ayuko at 10:29 │Comments( 0 )TrackBack( 0 ) 最近感じること

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